69年目の夏

先日の8月6日広島に次いで、今日8月9日は長崎に原爆が投下されて69年目の夏。
罪のない多くの命が奪われた出来事を忘れることなく、
日本が二度と戦争をしない国であるよう心から願います。


69年前の8月6日、当時父は呉の海軍にいました。
原爆投下直後、上官から 『ただならぬ事態が起きた、救援志願者はすぐに広島入りするように』と命じられる。
数時間後、爆心地で隊員たちが目にした光景は、地獄さながらの想像を絶するものだったに違いありません。
残留放射線の影響など知る由もなく、救助と瓦礫処理などの作業に従事。
救助と言っても現実は、殆ど死体を集めて火葬することしか為す術がなかったと父から聞いた記憶があります。
また、被爆体験による手記を読ませていただいたことがありますが、
爆心地では大量の蛆が発生していて、まだ生きている人の火傷跡や傷口から、眼球や耳の中など
あらゆる場所に無数の蛆虫が湧いていたとを多くの方が書いていました。

兵役を終えて家に戻ってからの父は、鼻血をよく出すようになり立ちくらみを繰り返していた。
元々腕力が強かった身体は、原因不明の病に伏すことが多くなりました。
二次被爆だと知ったのはずっと後のことで、それも新聞や周囲の情報からです。



「核と人間は共存できない」
「核兵器では人間を守れない」
テレビの報道特集より、長崎で被爆された男性のメッセージです。

世界中のどこかで終わりなき戦争が続くなかで、
日本だけが戦争放棄を貫くのは難しくなってきているのかも知れません。
反面、日本が唯一の被爆国である絶対的な意識が希薄になっているように感じます。

あと何世代か先には、被爆体験の方もいなくなってしまう。
もっと先には、人の思想も意識もどう変化してゆくのか分かりません。
そう考えれば、『憲法9条は改憲も解釈も決して行使できない』
憲法を強固するなんておかしな話ですが、敢えて今しておくべきではないかと考えます。







八月の七夕

スカイビル七夕

スカイビルの七夕飾りは、毎年仙台からお借りしています。
震災でまだまだ大変なときなのに、今年も華麗な姿を見せていただきました。

仙台の七夕は今日が初日。8月8までの3日間行われます。
スカイビルの七夕行事も8月8日まで。
本場仙台の飾りは、絢爛豪華で想像以上に見応えがあることでしょうね。


スカイビル七夕_


スカイビル七夕__




8月6日
広島原爆投下から66年目


仙台七夕の初日が8月6日であることから、
国内外から寄せられた折鶴を吹流しに作られた「平和七夕」もあるそうです。


日本は戦争も原発も、これ以上被爆の犠牲を出してはいけない。


震災の鎮魂と平和への願いを込めて。






東日本で発生した大地震

今回の地震で犠牲になられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。
また、安否の確認がとれていない方々がどうかご無事でいられますように。


【追記】

昨夜友人二人から同じような内容の転送メールが送られてきて、
一旦ブログに転載しましたがチェーンメールの指摘もあるというので削除しました。

2件の類似したメールは、電力会社勤務の友人から節電を呼びかけるもので
関東の電気の備蓄が底をつくらしく中部と関西から送電を行うという内容です。

チェーンメールか否かはおいても、
この状況で個人レベルの節電は必要なことだと思いますし、
友人も何かできることがあればという思いは同じだったはずです。

被災者の方々の負担が少しで減るように、不安な心をあおることのないよう願っています。






8月6日の空

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原爆投下から65年

あの日
午前8時15分までは 今日のような夏空だったはず


夕刻の空に平和の願いをこめて




ヒロシマ

広島に原子爆弾が投下されて64年目の夏


広島県で生まれ育った私にとって、
原爆はごくあたりまえに身近にあった問題。
8月6日は必ず、夏休みの全校登校日であり、
8時15分に各教室で全員が黙祷し、そのあとで「原爆の歌」を歌う。
広島と長崎に住んでいなければ、おそらくほとんどの人が歌うことのない曲。
小学から高校まで義務付けられていた。


悲惨な戦争が繰り返されないように、
原爆による犠牲者の方々、戦争によって犠牲になられた多くの方々に対して
心よりご冥福をお祈りいたします。




平和への願い

63回目の終戦記念日
戦争のない平和な世界を
心より祈ります