花であるように

石井さんは最近どうしてはるんかなぁ・・
などと思っていたら案内状が届いて、早速初日に行ってきました。

ギャラリー島田の地下ギャラリー入口

花であるように 2014-3-30,

残念ながら石井さんは入院中でお会いできませんでした。
iPadが置いてあって、ギャラリーの方に『どうぞ(石井さんと)ご自由にお話ください』って言われたけど
いやあ、、ちょっと照れくさくてお断りしてしまいました。

石井誠展
ギャラリー島田B1F
2014年2月22日(土)~3月5日(水)

花であるように 2014-3-30,,

今回は過去の受賞作品や大型作品などの展示があり、なんとも贅沢な鑑賞ができました。

私がもっとも心が動いた瞬間は、入院先の北海道から空輸で送られてきた
便箋に書かれたご本人の直筆を眼にしたときです。
たとえこの場所にいなくても、その人の思いや気もちというのはこうして文字にふれるだけで、
じゅうぶんすぎるほどに伝わってくるんだなあと思ったのです。

石井さんの作品で、『花』という一文字の書がいちばん好きです。
花が花であるように、そしてそれ以外なにものでもない
いつでも潔くカッコイイ『花』なのです。











花であるように 2014-3-30,,,







第3番ヘ短調

第3番ヘ短調 2014-2-5,

思いがけず花々




第3番ヘ短調 2014-2-5,,

家が華やかになりました




第3番ヘ短調 2014-2-5,,,

そして話は変わり
久しぶりに訪れた友人宅で御飯をご馳走になった ※不在の夏番外編




第3番ヘ短調 2014-2-5,,,,

スイーツ必須!




どこにいてもずっと変わらない
いつでも安心できるひとたち








YouTube tonight
http://www.youtube.com/watch?v=YICrFKp8JFk
- 映画『そして船は行く』の1シーン







石井誠展

石井誠展 2013-6-1kobe,


石井誠展 2013-6-1kobe,,


石井誠展 2013-6-1kobe,,,


石井誠展 2013-6-1kobe,,,,


石井誠展 2013-6-1kobe,,,,,


昨年秋から筋ジストロフィーの進行による呼吸障害が著しく、
入退院を繰り返し、もう二度と筆は持てないと諦めた。
これは私にとって「死」を意味する。
しかし、「表現したい」、「書かずにはいられない」という気持ちが私を支え、
右手は意思をもっているかのごとく空書していた。
今年に入り仕上げた絵画は50作以上、先月半年ぶりに大筆で超大作を仕上げた。
筆を持つ喜び、万感が胸に込み上げてきた。

本展は私にとっての今、そして・・・ここからという思いが凝縮されている。

「いきよ いきよ・・・いきてこそ」なのだ。


-石井誠展DMより引用-

※画像は石井さんご本人にご了解いただき撮影しました。



石井誠展

アートスペースかおる
2013/6/1(土)~3(月)、8(土)~10(月)
11時~18時(最終日17時)



命のすべてを叩きつけたような書。このエネルギーは一体どこから湧いてくるのかといつも圧倒されます。
それとは別に、空白の美しさを感じる作品にも惹かれます。
石井さんの作品は他の方には書けないもの。作品と生き様は一体となって生まれてきているようです。







細い月と金星

1月26日 西のほうを見上げると
真冬の澄みきった空に冴え冴えと月が出ていた

後に月齢のサイトを見ていたら、
『1月26日 日没後の西の空で細い月と明るい金星が並ぶ』とあった。
年に何回か見られる現象なんでしょうか?

三日月

「元気ぃ?」 「やあ、おひさしぶり!」

三日月と金星




1月24日 映画監督テオ・アンゲロプロス急逝。

新作映画撮影中の交通事故だという。享年76。

もう新作を観ることができないんやね。映像の詩人と呼ばれた映画作家の、

全身が締めつけられるようなあの感覚、もっともっと味わいたかった。

大好きだった映画人の死を惜しむ一人として、心よりご冥福をお祈りいたします。



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 Stuff that I like
 ◇◆映画

『霧の中の風景』
テオ・アンゲロプロス監督作品
霧の中の風景
『Τοπίο στην ομίχλη』
Θόδωρος Αγγελόπουλος

1988年ギリシア・フランス合作ギリシア映画



『ギリシア人でありながら紺碧の空にも海の透明な青さにもキャメラを

向けようとしないアンゲロプロスは、何よりもまず湿りけの作家であり、

地面はいつもぬかるんでいるし、空からは今にも雨が落ちてきそうだ。

だが、「水」に何がしかの象徴性を託さずにはいられないタルコフスキーにくらべて、

より唯物論的といったらよいか、アンゲロプロスが好んでフイルムにおさめる大気の

湿った表情は、精神というよりも肉体に働きかける物としての濃密さを漂わしている』



-蓮實重彦・映画論- 公開時パンフレットより一部引用






同棲時代と上村一夫

kazuo kamimura


-昭和の絵師-と称された
上村一夫の原画展を覗いてきました。

観るべきは原画かな、色彩の艶やかさと画面構成が絶品です。
流れるような女性の描線と空白の構図の儚さに、
“情景絵”そんな言葉をあてはめてみたり。
ふと日本画の小村雪岱を思い出してみたり。

フランスでも出版された「同棲時代」は、
コマ割が映画のように美しいと評されているという。



月400枚という超人的な原稿量を手掛け、
45歳の若さで亡くなられた。
まさに命を削り落として描き続けた作家人生。

没後25年を経ても色褪せることがないのは、
その時代の情熱がいまも生き続けているのかも知れません。
複製画も素晴しいです!



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 Stuff that I like

原画展
 『同棲時代と上村一夫』
 
ギャラリーパライソ(西心斎橋アメリカ村森ビル3階)
2011年11月1日(火)~13日(日)
12:00~20:00【最終日17時まで】






鬼怒鳴門さん

昨夜のNHK「クローズアップ現代」に、
日本文学研究者のドナルド・キーンさんが出演してはりました。
夕食の準備をしながら聞いていたのだけど、
忘れかけていたことを教えてもらったような、久々に心に沁みるお話でした。

キーンさんは『源氏物語』を読んで、
はじめて日本人の優美な感性を知ったと言います。
以来、日本に対する敬愛とともに日本文学の研究を続けてこられた。
3月の東日本大震災で小さな女の子の話と、(大事だったのにちゃんと聞き取らなかった)
あの震災に耐え忍ぶ精神に深く心動かされ、日本への帰化を決意。

「日本人としてこの国に住み、日本人として亡くなりたい」
その口調はおだやかで、とてもやさしい表情でした。

現在89歳。日本名は鬼怒鳴門(きーん・どなるど)。
鬼怒と鳴門、どちらも川と海を連想させるとアナウンサーが解説していた。


日本人の精神が美しいと言われていたのは
神話ではなかったのかも知れない。



キーンさん、この国はまだいけますか。



もうすぐ百島






朝日のあたる家とラミーチョコ

ずっと気になっていた、アニマルズの「朝日のあたる家」の歌詞。
重い曲調にふさわしくないタイトルやなあって不思議に思ってたけど、
レコードの歌詞カードには日本語訳がついていなくて
英語は不得手なので、友人のCacoにお願いして訳してもらった。

結果、歌詞の内容はうらぶれたアル中男のことを唄った曲だった。
「選ぶのはお任せ」と2バージョン用意してくれて、せっかくなので両方のせます。



◇◆まずは、草食系ヴァージョン。


「THE HOUSE OF THE RISING SUN」              
              
There is a house in New Orleans
They call the Rising Sun
It's been the ruin of many a poor boy
And God I know I'm one

ニューオリンズに家がある
朝日のあたる家って呼ばれてる
哀れな男達の廃墟なんだ
そして僕もその一人

My mother was a tailor
Sewed my new blue jeans
My father was a gambling man
Down in New Orleans

かあさんは仕立て屋だった
僕に新しい(ブルー)ジーンズを縫ってくれたんだ
とうさんはニューオリンズのばくち打ちだった

Now the only thing he ever had
Was a suitcase and a trunk
And the only time he's satisfied
Is when he's on a drunk

アイツが持ってたもの
それはスーツケースとトランクだけ
アイツが満ち足りてるのは
酔っ払ってる時だけ

Oh mother, tell your children
Not to do what I have done
Spend your lives in sin and misery
In the House of the Rising Sun

ああ、母よ、子ども達に伝えるんだ
僕のようなことはするなと
朝日のあたる家で 罪と惨めさにまみれた人生を
送るようなことはするなと

Well with one foot on the platform
The other foot on the train
I'm going back to New Orleans
To wear that ball and chain

片足はプラットホームにおいて
もう片方は列車に乗せて
あの足かせをしょいこみに
僕はニューオリンズへ帰るんだ

There is a house in New Orleans
They call the Rising Sun
It's been the ruin of many a poor boy
And God I know I'm one
(repeat *)

ニューオリンズに家がある
朝日のあたる家って呼ばれてる
哀れな男達の廃墟なんだ
そして僕もその一人



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◇◆次に、肉食系ヴァージョン


ニューオリンズに朝日のあたる家って呼ばれてる家があるんだ
哀れな男どもの廃墟さ
俺もその一人だ

お袋は仕立て屋だった
俺に新しいブルージーンズを縫ってくれた
親父はニューオリンズのばくち打ちさ

アイツの持ちもんときたら
スーツケースとトランクだけ
満足してんのは 酔っ払ってる時だけ

ああ、お袋さんよ、子ども達に教えてやんな
俺のやったような事はするなとな
朝日のあたる家で 罪と惨めさにまみれた人生を
送るようなことはするなとな

片っぽの足はプラットホームにおいて
もう片っぽは列車に乗せて
あの足かせをしょいこみに
俺はニューオリンズへ帰るのさ

ニューオリンズに朝日のあたる家って呼ばれてる家があるんだ
哀れな男どもの廃墟さ
俺もその一人だ





「足かせ」の部分は、ほかに「束縛」や「鎖」「荷物」なども考えたとのこと。

- 以下、訳した本人のメールからの引用 -


「HOUSE OF RISING SUN って直訳だと 日の昇る家 だね。 
朝日のあたる家 のほうが 家の映像がガーンと強いのかも。」

「英語は、そりゃもーいろいろに訳せる単語が多いから日本語力が試されます!
あと、詩は何より言葉のリズムが重要だと思うので、説明的じゃないぶん理解しづらいのが多い
けど、だからこそ様々な解釈が出来ると思う。」

「これは全部自分の事だと思う。
自分=朝日のあたる家の 全ての哀れな男たちの事
途中で He(彼、あいつ、奴などなどに訳せる)が出てくるけど
これは、自分(自分は哀れな男の象徴だから、父親も含む)を客観的な言葉に代えただけで
やはり自分の事だと思う。
世の中の全母親に、自分のような惨めな人生を歩まないよう、子どもに伝えてほしい!

と願うほど、イヤな人生なんだな~
でも最後には あの場所 へと帰って行く。
えーっ帰るん?!みたいな
片足は真っ当に生きようとする自分、片足は罪びとで惨めな自分、頑張ろうとしてるけど・・
やっぱ帰っちゃうか・・・
どうしても離れる事を許さない 朝日のあたる家
どうしてもアノ家から離れられない自分
なんという強い繋がり!
そんな風に解釈しました。 
人生にあるよね、そういうこと。
どうしてもやめられない悪癖とか、どうしても直らない性質とか・・・
他の人がどんな風に解釈するかも聞けたら面白いね。」



音楽のジャンルは新鮮で楽しく翻訳できたって言ってくれた。
何かお礼と伝えると、「そんなのいいで~ じゃ、ラミーチョコ買って♪」
ラミーでいいのか~と思ったら、「ガー○チョコのほうが安いからそっちでもいいよ」って、なんやそれ(笑)

で、メールの締めくくりは
「あ!楽しかったんだから、ラミーは1本づつ分け分けして食べようね~♪」って!



Caco訳・解説






ちょっとさみしかったので追加


 - 疎水に映るは春を待つ季節かな -







終わらぬトークショー




昨夜、スタンダードブックストアのカフェスペースで行われた
菊地成孔さんのトークショー&サイン会(無料!)の様子。
kanzw君から嬉しい情報をもらって一緒に行ってきました。

サービス精神旺盛で、何とまあ情報量の多いトークが延々と続く。(ほとんど枝分かれ状態)
先行発売のCDにサインしていただいて、写真撮影も快くOK-☆
私の前に並んでいた人は、撮り直しも含めて5回も!お願いしていましたが、
嫌な顔など全然見せない菊地さんでした。私は貴重なこの一枚。

サイン用に名前を聞かれて、でも「hide」って・・全然ちがう名前になってる~w
「Xジャパンのヒデということで」と、ペンでくるりと囲って菊地さん流の笑いをとる。
その下に、私の名前もちゃんと書いていただきました。

菊地さんのお話はとっても刺激になったし、とにかく気分がよかった!





kanzw君は、6月にひと月だけの仕事先で知り合った20代の男性。
話のきっかけは、なぜか「ジーン・シモンズ」。
おまけに「ブリジット・フォンテーヌとタルコフスキーが好き」という共通点。
菊地成孔のファンだと話すと、「ちょうど菊地さんの本を読んでいる最中」と
ちょっとした驚きの連続。自分と趣味の合う人ってそういないので、
(Cacoとすわやまさんと3人目)貴重な出会いとなりました。

ブックスペースのほうもかなり面白そう♪



スタンダードブックストア




8 1/2 はっかにぶんのいち

『8 1/2』
フェリーニ映画の中で、もっとも回数観た作品。

80年代は、映画サークルの自主上映が盛んだった頃で、
情報誌のLマガや〝ぷがじゃ〟(なつかしい)でチェックしては、
遠くの場所でもせっせと足を運んだものです。

映画の撮れなくなった映画監督の苦悩を、フェリーニ自身に置き換えた自伝的映画。
家族の愛に包まれた幼少時代と、スキャンダラスな現在の自分とのギャップに苦しみながら
次第に、過去と現在そして夢と現実が交錯した世界へと迷い込んでいく。
前衛的で大胆かつイマジネーションな映像は、ニーノ・ロータの音楽によって最大限に引き出さ
れる。
フェリーニとロータの名コンビが生んだモノクロ映画の傑作。

もしも足長おじさんが現われて、
「なんでもすきなように映画を撮ってごらん。」と言われたら、
フェリーニの他に、アンドレィ・タルコフスキーやテオ・アンゲロプロスみたいな映画を撮ってみたい。
それは、ちょっとした妄想の話。
フェリーニは「映像の魔術師」。タルコフスキーとアンゲロプロスは、それぞれ「映像の詩人」と呼ばれた映画監督。

『8 1/2』の公式名は、『はっかにぶんのいち』。
数学の帯分数はこの読み方で習いました。
ところが、友人で3つ年下のCacoは、「はちとにぶんのいち」と読んだ。
ちょうど二人の年齢差が、学校で教え方が変わる境目だったと思われます。
「はっか(8箇)1/2」ではなく「はちと(8&)1/2」。一文字違うだけですごい違和感でした。
けれど、フェリーニの映画は『はっかにぶんのいち』。これからも変わりません。


フェデリコ・フェリーニ

 1993年10月31日逝去
 フェリーニの亡骸は、国葬によって母国イタリアの人達に送られました。
 初期の代表作『道』のジェルソミーナ、妻であるジュリエッタ・マシーナが亡くなったのは、それから
 わずか5箇月余りのこと。


「8 1/2」(1963) 伊・仏合作
  
監督 フェデリコ・フェリーニ
音楽 ニーノ・ロータ
出演 マルチェロ・マストロヤンニ
    アヌーク・エーメ 他






いい役者で終わりたい

俳優の緒形拳さんが、10月5日に亡くなられました。
享年71

言葉静かであまり自分のことを騒がず、
それでいて、ウイットに富んだ会話がとても魅力的な人でした。



「復讐するは我にあり」(1979/監督 今村昌平)
緒形拳が演じたのは、
実際にあった凶悪な殺人事件の犯人役。
なぜ犯行を繰り返すのか、
当時まだ若かった自分にはとてもあいまいで不可思議に映りました。
そんな犯人の心理描写を見事に演じていました。


「鬼畜」(1978/監督 野村芳太郎)
妻と愛人とその子供たちの間で揺れ動く男の役。
愛人の子を手にかけようとしてその子供が助けられたとき、
緒形拳扮する父に向かって、
「お父ちゃんじゃない、知らない人だ」と何度も言い張る場面。
子役と緒形拳の演技、もう絶妙でした。


「砂の器」(1974/監督 野村芳太郎)
 ◆◇ニュープリント版で再上映 - 2005年7月梅田松竹



ハンセン氏病の根深さと、
ある他殺事件の捜査が絡み合う複雑な内容。
駐在所の巡査役で登場した場面では、
映画のなかでも別の空間を作り上げていた。
これは、
どんな重厚な映画でも力の抜き加減がうまい、
緒形拳の独特のキャラクターからなるものではないでしょうか。




「主役とか脇役とか関係なく、
いきいきと輝いているというか
つやっぽさを失いたくない。
地味だけどいい役者だね。
そんなふうに言われる仕事がしたい。」

生前、TVのインタビューで答えていた緒形拳さんの言葉。


  「立派な役者ってよりも
    いい役者で終わりたいなぁ」


その言葉どおり
実にいい役者だった。
そして、
本当に俳優人生に幕を下ろしてしまった。


安らかに眠ってください。
心よりご冥福をお祈りいたします。